問題解決とは

テレビのニュースはC型肝炎薬害訴訟でもちっきりだ。感染者の救済は急務である。しかし…。
報道を見るに、感染者の立場に立った国の責任追及ばかりがクローズアップされ、肝心の薬害防止策の議論が目立たないのがとても気になる。薬害AIDSの時もそうだったように記憶しているが、責任追及と薬害被害者救済ばかりにエネルギーが注ぎ込まれ、最も重要であるはずの再発防止策がおざなりになっているのではないか。もし、AIDSの時に防止策が十分に議論され、何らかの有効な立法がなされていたらC型肝炎の薬害は起きなかったのではないか。
某テレビ番組で、官僚の怠慢を厳しく追及している政治家がいたが、これは的外れな行為だと思う。いや、ひょっとしたら、本当に重要なことから目を逸らしているのかも知れない。当時の法体制で、官僚の怠慢を防ぐシステムが無かったのならそれは、法的な責任は問えないものとしてすっぱり切り捨てるべきではないのだろうか。その上でどうしたら、その怠慢を起こさせないシステムにできるか、建設的な議論を早急に進めるべきではないか。そうでないと一向に有効な議論が始まらない。番組でも、必死に次のステップへ進む必要性を説いている人が居たのに、某政治家は感情的になって責任追及ばかりをしていた。
どうも日本は個人や社会の責任追求に終始して、防止策を練るということを怠けてしまう。しかも不思議なことに、建設現場の作業や製造業の現場などでは、むしろ世界に誇れるくらいの危険防止策を考え出せているのだ。日本人は事務系が下手糞なのだろうか。*1

*1:無論、官僚にも道義的責任はあるし、薬害被害者には何らかの救済措置が早急に取られて然るべきである。責任を認めていないのに責任を取るかのような措置は矛盾するというのなら、救済法案のようなものを立法するならどうだろうか