新幹線の座席にあるひじかけは、一番不自由な席に使用の優先権があるというのが、世間一般の常識である、はずである。具体的には2列席なら通路側の席、3列席なら真ん中の席にひじかけを譲ってあげるのがマナーである。もちろん暗黙の了解的なマナーであるので、強制力はないし、早い者勝ちだと主張する御仁もいるであろう。
昨日の東京出張で、行きの新幹線内での出来事。私の指定席は2列席の通路側。窓側には私よりも若い感じの大柄なサラリーマンが新聞を大きく広げてふんぞり返って座っていた。私が隣に腰掛けても、新聞を閉じただけで、ひじかけはしっかり占領していた。ここで私の血中アドレナリン濃度はぐんぐん上がり、にわかにこの横柄な若手サラリーマンに対して昭和の説教親父的な闘争心を燃やしたのであった。しばし奴が隙を見せるのを待っていたが、チャンスはすぐに訪れた。携帯を確認するために右ひじをひじかけから離した瞬間、すばやく自分の左ひじを滑り込ませ、左右対称に右ひじもひじかけにしっかと固定し両手を腹の前で組んで堅牢に固定した。
奴は携帯を確認し終えた後、右ひじをひじかけに戻そうとしたが、私の左ひじに阻まれ「むむっ」となった(気配が伝わってきた)。さぁどう出てくるか、大人しくひじかけを諦め、体をやや左側に捻りながら座るかと思っていると、奴め、なんと右ひじを私の左ひじのさらに座席側に楔のように打ち込もうとしてくるではないか!ここで狸寝入りをしつつ、私の眉間には深い溝が形成され、血中アドレナリン濃度はさらなる上昇を見せた。譲ってなるものかと上半身を固め、頑として譲らない。奴も奪われたひじかけを取り返さんとじりじりと右ひじを押し付けてくる。両者譲らずの接戦は豊橋駅あたりまで続いたが、なんということか、新幹線の振動とカーブの遠心力で私の身体が通路側にじりじりとずれ始めてきたではないか。狸寝入りをしながらも足を踏ん張り体制を立て直そうとする私と、この隙を逃してなるものかとにわかに籠める力を倍以上に上げて攻めてくる奴とのバトルはますますボルテージが上がっていくのであった。
終点まで延々と続くと思われたバトルであったが、三島辺りで戦況が変わってきた。なんと奴が攻撃の手を緩めたのだ。奴は1時間以上に渡るバトルに根負けしたのか右ひじに籠める力を緩め、するするとひじかけの内側に引っ込めて行ったのだった。しかし私は、これも私を油断させる奴の作戦かも知れぬと考え、狸寝入りしながらも腕を固める力を緩めなかった。両足も踏ん張るようにして伸ばし続けた。結局奴はそれ以上攻めて来なかった。私はそれ以上攻撃が来ないことを確認すると、やや緊張を緩め、いつしか本当に寝入ってしまった。
目が覚めたのは新横浜に着くころであった。奴がとなりでもぞもぞしていた。どうも席を立ちたいようである。しかし私が寝たままブロックしていたため、出られなかったようなのである。はっきり言ってザマ見ろなのである。不自由な席の者に譲らないとどうなるのか思い知るべきなのだ。もうしばし寝たふりを続け、大仰に足をどけて通してやったのは更に品川まで行ってからのことである。これで奴も思い知ったであろう。ふはははははは。
勝ち誇った私は東京駅で奴を焦らしながら悠々と席を立ち、降りていったのであった。

ふっ・・・。我ながら困ったおじさんである。